こんにちは。吉田俊太郎です。
本ブログでは対象者の方に触れた時、自分の手から感じ取れる情報量を増やせるよう、触診リテラシーを高めることを目標に、普段の評価や治療に役立ててもらえましたら嬉しいです。
触診の精度や正確性を高めるには、目的の部位の解剖学的情報が多ければ、多いほど触診能力が高まることは様々な部位で報告されています。
そのようなことから、本記事は触診の精度を高めるための解剖学的情報に関する記事を取り上げます。
また、このご時世、基本的な情報は溢れていますので、本ブログでは他では見たことのない内容を意識して作成しています。
本記事では臨床で評価する機会が非常に多い”骨盤(寛骨)の前後傾”の評価で使用する上前腸骨棘と上後腸骨棘の解剖学的情報を解説します(図1)。
具体的には対象者の上前腸骨棘と上後腸骨棘を触診し、高さの違いで寛骨の前後傾の評価を実施します(図1)。
今回の内容は、研修会の講師活動を始めた2016年頃から、長い間に渡り研修会等でお話をしてきた内容で、かつ2019年頃に他のサイトでも執筆をさせていただいたことがありますので、これまでにいただいたご質問にも触れながら、少し情報をブラッシュアップして発信できたらと思っています。
目次
骨盤の前後傾ではなく寛骨の前後傾の評価
具体的な内容に入る前に骨盤に関係する骨名を整理します。
なぜ骨盤周囲の骨名を整理しておきたいかというと、本記事の内容をお話させていただく時に骨盤と寛骨は何が違うのですか?とのご質問をいただくことが時々あります。
そのため、寛骨というよりも骨盤と説明した方が分かりやすいと思い、寛骨という単語を使わずに説明させていただくと、骨盤ではなく寛骨の話ではありませんか?とのご意見もいただくことがありました。
そのため、最近は骨盤の定義から話をさせていただいてから、詳細に入っているため、本記事でも骨盤の名称の定義から確認します。
寛骨とは、以下の三つの骨の総称です(図2)
- 腸骨(オレンジ色で表示)
- 坐骨(水色で表示)
- 恥骨(紫色で表示)
骨盤とは、以下の三つの骨の総称です(図2)。
- 寛骨
- 仙骨(緑色で提示)
- 尾骨(黄色で提示)
教科書上での寛骨アライメントの定義
臨床の中で骨盤の前後傾の評価は、骨盤周囲の問題を中心に、腰椎疾患、股関節疾患、膝関節疾患の方など最も頻回に行うものの一つではないでしょうか?
一般的に骨盤の前後傾の評価は上前腸骨棘に対して上後腸骨棘が2-3横指上に位置すると言われることが多いと思います(図3)。
よって、上記の関係よりも、上後腸骨棘が下方の場合を後傾、それよりも上後腸骨棘が上方の場合を前傾と表記されます。
上前腸骨棘に対して上後腸骨棘が上方に位置するとは限らない
必ずしも全ての症例で、上前腸骨棘に対して上後腸骨棘が2-3横指上方に位置するという基準が該当するとは限らないことが報告されています。
2008年のPreece SJの調査で骨盤の前後傾には個人差があることが分かっています1)。
図4をご覧下さい。
上前腸骨棘と恥骨結合が一直線上になっていることを条件にし(縦に走る白色の点線)、その位置で骨盤を固定し、上前腸骨棘と上後腸骨棘を結んだラインを骨盤の前後傾の角度として評価しています。
(現にグレイ解剖学38版を読むと、骨盤の解剖学的肢位は上前腸骨棘と恥骨結合の前上方端が一直線上にあると書かれています2)。
左側の図4の左側の画像は、上前腸骨棘と上後腸骨棘を結んだラインが”0度”の寛骨が存在することを示しています。
(横に走る点線:上前腸骨棘(ASIS)と上後腸骨棘(PSIS)を結んだライン)
それに対して右側の図4の右側の画像は、上前腸骨棘と上後腸骨棘が”23度”の角度を有する寛骨も存在することを示しています。
(左図と同じようにASISとPSISを結んだラインは左図の水平とは異なり、斜め上方に向かっています)。
左側の画像のような上前腸骨棘と上後腸骨棘を結んだラインが0横指の例もあり、全ての方が上前腸骨棘に対して上後腸骨棘が2-3横指上方が正常ではないことがよく分かるかと思います。
しかし、臨床の中ではどうでしょうか?
恥骨結合の触察が難しいためか、上前腸骨棘と上後腸骨棘の2点のみの評価となりやすく、上前腸骨棘に対して上後腸骨棘が2-3横指上方に位置していれば、骨盤の前後傾は正常と評価していることが多いように感じています。
寛骨の前後傾を正確に測定するための具体的な方法
寛骨の前後傾を正確に評価するためには、スタートポジションで、対象者の方の恥骨結合と上前腸骨棘の高さを揃える必要があることが分かりました。
ただ、恥骨結合と上前腸骨棘の高さを揃えられたのは、ご献体による解剖体だから、そろえられたのでは?という疑問や、実際に臨床場面では恥骨結合は触りにくいし、現実的に難しいのでは?といった疑問が出てくると思います。
その問題点を解決するために、私が研修会で提案させていただいているのが、”腹臥位”での評価です。
なぜ腹臥位かというと、骨盤の骨模型をお持ちの方は、骨模型を腹臥位にしていただくとわかりますが、骨盤を腹臥位にセットすると、上前腸骨棘と恥骨結合のみが床面と接することが観察できます(図5)
よって、腹臥位をとることで概ね上前腸骨棘と恥骨結合が一直線上にそろえることができます。
その姿勢で上前腸骨棘と上後腸骨棘の高さを比べた時の差が、その方の形態解剖学をしっかり考慮した正しい骨盤の前後傾の角度であると言えます。
具体例による寛骨の前後傾の判定方法
◯腹臥位:上前腸骨棘と上後腸骨棘の高さは平行(0横指)
◯立位:対象者の方には何も意識しない普段の立位姿勢をとっていただきます。
その結果、上前腸骨棘に対して上後腸骨棘が3横指上方に位置
↓ 判定基準
この対象者の方の寛骨のアライメントは0横指であるため、立位での骨盤のアライメントは3横指分だけ前傾している。
↓ 検討事項
腹臥位では痛みなく、立位で痛みが発生する症例であった場合には、寛骨の前傾が痛みの原因の一つかもしれない
仮に、上記のような事例の方を腹臥位で寛骨の前後傾の評価を実施せず、立位のみで実施した場合(上前腸骨棘と恥骨結合を結んだラインを一直線上にそろえず)
上前腸骨棘に対して上後腸骨棘を結んだラインだけで評価し、上後腸骨棘が3横指上方に位置しているという結果になった場合、骨盤の前後傾の基準が評価できていないため、正常と誤診してしまう可能性もあるため注意が必要です。
腹臥位がとれない方の寛骨の前後傾の評価方法
下肢・体幹の可動域制限や訪問リハなどでご自宅によってはベットがないなどの環境面の問題によって腹臥位になれない方はどのように評価をしたら良いですかというご質問をいただくことがあります。
その場合には、立位や座位で行うこともできます。
まず手掌の末端を臍の位置に当て、そのまま手を下におろします。
その時に中指の先端が概ね恥骨結合の位置であると言われています。
よって、患者さんご自身に恥骨結合に手をあてていただき、恥骨結合の位置が判明したら、セラピストは上前腸骨棘を確認し、患者さんの中指があたっている恥骨結合の位置と、セラピストが触れている上前腸骨棘の位置を揃えて評価を行うこともできます(図6)。
ただ、可動域の問題で腹臥位が取れない方においては、視診にて寛骨の前後傾が分かる症例の方も多いので、腹臥位を用いて評価する必要がある症例の方はある程度限定されてくる印象も持っています。
また以前の職場が両国であったこともあり、お相撲さんなど肉付きの良い方はどうしたら良いですか?というご質問をいただくこともありました。
どの程度の肉付きの良さかにもよりますが、一つは触診技術による解決方法があります。
ご質問をいただいた方に練習後に触診の有無を確認すると、触診できましたとの返答をいただくことが多いです。
他には、上前腸骨棘と上後腸骨棘はある程度の範囲がある部位ですので、ある程度の範囲の中のどの部分を触診するかで難易度が変わってきます。
このどの部位を触診しランドマークにするのが、最も正解率が高いかという研究も報告されていますので、別記事で発信できたらと思っています。
寛骨の前後傾アライメントの左右差について
臨床研究的には、妊婦の方は骨盤前後傾の左右差が大きいことは、Franklin等の研究でわかっており、骨盤の前後傾は、妊娠中に変化してくることが報告されています3)。
(妊婦の方の妊娠前、妊婦中、妊娠後の骨盤のアライメント変化の研究結果も面白いため、今後機会がありましたら書かせていただきたいと思います)
触察を正確に行えるようになると、ご自身の骨盤や担当している患者さんの骨盤で「左右で前後傾が異なるのですが、どちらが正しいのでしょうか」?というご質問をいただくことがあります。
そのご質問に対して、お応えするのに参考になるデータがあります。
下記の表1をご覧下さい。
こちらの表は骨盤を取り出した解剖体によるものです。
表の見方を下記に記載いたします↓
1列目(subjecct Number)が御献体番号(30体の御献体で調査しています)
2列目(Sex)性別 (m:男性、f:女性)
3列目 右側の骨盤の角度
4列目 左側の骨盤の角度
5列目 骨盤前後傾の左右差
6列目 骨盤前後傾の左右差の平均値
3列目と4列目の角度の測定方法は、図2の通り上前腸骨棘と恥骨結合上端を一直線上にした位置で固定し、上前腸骨棘から上後腸骨棘に結んだ角度になります。
では結果です。
図4の左側の写真(0°)が献体番号では23番、右側の写真(23°)は献体番号では28番になります。
(図4の2枚の写真は、最も差のあったものを提示していたことになります)。
ちなみに30体の平均角度は13°で標準偏差は±5°となっております。
平均角度となった13±5°が概ね2-3横指の違いとなります。
注目すべきは5列目の骨盤の前後傾を示した列になっていますが。
30体の結果を観察していくと一部で左右差がある例が存在するということです。
左右差が最も大きいものでは−6°(御献体番号8)という標本が確認されています。
この結果から言える事は、片側のみの前後傾の評価では不十分で両側の骨盤の前後傾を正確に評価する必要があることが表1から理解できるかと思います。
よって、ご質問であった左右で高さが異なるのですが、どちらが正しいですか?というご質問に対しては、しっかり触察ができていれば、左右差がある例もあるため、どちらも間違いではないということになります。
本記事も最後までお読みいただき有難うございます。
本記事で注目した上前腸骨棘と上後腸骨棘ですが、ある程度の幅や長さのある領域でした。
よって、その幅や長さのある領域のどの部分を触診することことが最も正確に評価できるのかまで気になる方は下記の記事もご参照ください。
参考文献
1. Preece SJ, Willan P, Nester CJ, Graham-Smith P, Herrington L, Bowker P (2008) Variation in pelvic morphology may prevent the identification of anterior pelvic tilt. J Man Manip Ther 16, 113–7.
2. Williams PL. 1995. Muscles. In: Salmons SE, editor. Gray’s Anatomy: Anatomical basis of medicine and surgery. 38th Ed. London: Churchill Livingstone. p 873.
3. Franklin, ME, Conner-Kerr T (1998) An analysis of posture and back pain in the first and third trimesters of pregnancy. J Orthop Sports Phys Ther 28: 133-138.
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