本記事では”オンラインでの臨床相談”の一例をご紹介させていただきます。
ご相談への返答はZoomなどを使用して一度で返答する場合が多いと思いますが、私の方では書面にて順序立てて返答させていただいております。
書面の方が写真やイラストがあって分かりやすい、何度も読める、いつでも読める、聞き取り間違いがないと、私の周囲の方からは動画よりも書面の方が好評です。
リハ職は病院の中では診断名がついた状態で介入することがほとんどですが、スポーツ現場や友人・知人からの相談、ジムなどで働いている方などは体の様々なお悩みを相談されることが多いと思います。
私も月に2-3回は病院の外に出て、セミナー講師のお仕事や地域住民の方が集まる集団体操の場などにも参加しています。
そうするとセミナーや体操の終わった後に、病院に通院している、していない関係なく、様々な体のご相談をいただきます。
そのような意味で今回は知り合いの方からご相談を受けた事例について共有させていただきます。
① 症例紹介:手背部に強い痛みのある症例(症例検討の開始時に意識していること)
② 手背部の基礎解剖学:手背部で母指に向かう筋の解剖学
③ 手背部の停止側の特徴 ー6つの区画とは?ー
④ ド・ケルバン腱鞘炎であると予想される理由は?
⑤ 第1の評価:疼痛の原因筋を特定する方法
⑥ 第2の評価:疼痛部位の高さ評価する方法
⑦ 第3の評価:疼痛動作を評価する方法
( 腱鞘炎のメカニズムと代表的な3つの症状 )
(専門家による評価方法 圧痛所見の取り方・整形外科的テスト)
⑧ ド・ケルバン腱鞘炎の症例報告
(具体的な運動療法の方法)、(ド・ケルバン腱鞘炎に対する運動療法の考え方)
⑨ まとめ
目次
① 症例紹介:手背部に強い痛みのある症例
ご相談内容は私の中学校時代からの幼なじみからで、”手背部の強い痛み”です。
具体的な疼痛部位をペンでマーキングしていただきました。赤ペンでマーキングされている領域に強烈な痛みがあるとのご相談をいただきました。
また画像の横には自覚症状も記載しました(図1)。
皆様は同じ相談を受けられた場合、どのような返答をされますでしょうか?
ご自分の中でご意見をお持ちいただいてから、この先をお読みいただけるとうれしいです。
上記症状でお悩み中の方から補足で以下の5点のコメントがありました。
①左手関節背側が生活に影響するほど痛い
②痛みは動作時痛で、底屈、背屈運動どちらでも痛いが、特に背屈が痛い。あとグーをすると同じく痛い
(背屈でかなり痛い、底屈ですごく痛い、尺屈で猛烈に鋭く痛い)
③最初は橈骨頭周囲から痛くなった
④かばっているせいで、背中と肩まで痛い
⑤指で圧迫しながら動かすと痛みが少しマシになる
④の訴えなどから、日常生活にまで大きな影響が出ている可能性が考えられ早急な対応が必要です。
※ご質問へ返答はさせていただいておりますが、もちろんまずは整形外科への診察を進めさせていただいております。
この段階でサロン内にて、匿名で上記の情報を共有させていただき、意見をいただきました(ご質問をいただいた幼なじみの友人の許可もいただいております)。
以下がその時のやり取りの内容です。
長母指外転筋と短母指伸筋の狭窄性腱鞘炎(de Quervain腱鞘炎)の炎症が強い時期で診られる所見に似ている様な気がします。以前経験した症例です。
貴重なご意見をありがとうございます。しかもご経験されていることとても参考になります。
一点お聞きしたいのですが、ご担当された方は本メンバーの先生のように手関節の尺側の方にも痛みがありましたでしょうか?
何例か経験しましたが、尺側まで広がった症例は無く、多くは手関節橈側から中央あたりまででした。
個人的な見解ですが、背部や肩周囲まで二次的な痛みが出ているので、ある程度の期間疼痛を我慢しながら生活していたのではないでしょうか。それに伴い、炎症の症状も強く広範囲に痛みを感じているのではないかと推察します。
ご返信いただきありがとうございます。
よく理解することができました。まさに長年の痛みのようです。
症状が出現してから長い期間が経過していることが原因で広範囲に痛みが生じている可能性が高そうであることとてもわかりやすいです。
専門職の先生が同じ症例に対して検討し考察できることも”オンラインサロン”のメリットであると思っています。
症例検討の開始時に意識していること
ド・ケルバン腱鞘炎を理解することと、手背部の痛みの訴えが聞かれた時にこの領域では、皮膚の下はどういう構造になっているのかといった”解剖学的なイメージ”ができていることが臨床のスタートであると思います。
よって、手背部の解剖学からご確認いただきたいと思います。
まずは対象者の方が訴えられている領域には、何か存在し、どのような層構造をしているのかが頭に入っていて皮膚の上から透けて見えるくらいの状態がスタートであると思って進めていきたいと思います。
よって最初に解剖学の知識の共有します。
② 手背部の基礎解剖学
手背部の筋腱の全体像から確認します。
図2のイラストをご覧ください。手背部の筋の名称と位置を確認することができます。
イラストより複雑に絡み合っていることが理解できます。
複雑な構造が故に病態の理解も難しくなりますが、ゆっくり丁寧に解説していきますのでご安心ください。
手背部で観察できる筋は以下の9筋です。
①長橈側手根伸筋、②短橈側手根伸筋、③小指伸筋、④尺側手根伸筋、⑤浅指伸筋
⑥示指伸筋、⑦長母指伸筋、⑧短母指伸筋、⑨長母指外転筋
※①ー⑤の筋は表層の筋群 / ⑥ー⑨の筋は深層の筋群
手背部で母指に向かう筋の解剖学
症例の方の母指に向かう二本の疼痛ラインが何であるかを確認します。
図2のイラストを見ると母指には三本の筋が走行しています。
それは長母指外転筋、短母指伸筋、長母指伸筋の3筋です。
次に気になるのが、本症例は母指には2本しか線が引かれていません。
そのため、どの二本が問題であるのかということです。
おそらく二本の疼痛ラインのうち内側のラインは長母指外転筋と短母指伸筋を示しています(両筋が問題か、それともどちらか一筋が問題かは、ここまででの内容ではまだわかりません)。
次に二本ラインのうちの外側のラインは長母指伸筋ではないかと図1と図2を見比べていただくとある程度推測できます。
③ 手背部の停止側の特徴~6つの区画とは~
図2で示された通り手背部で確認できる筋の数は9筋です。
これらの筋は手関節を過ぎてから6つの区画(コンパートメント)に分けられます。
図3をご覧ください。手関節の高さの断面図です。
スライドの右側から第1区画、左に向かうに従い第6区画までが表記されています。
筋名の色分けは緑が表層の筋腱、青が深層の筋腱です。星(★)は背側結節(リスター結節)です。
④ ド・ケルバン腱鞘炎であると予想される理由は?
ド・ケルバン腱鞘炎とは長母指外転筋腱と短母指伸筋腱の使いすぎによる機械的炎症が原因と言われています。
長母指外転筋腱と短母指伸筋腱という2筋のペアはまさに第1区画の2筋です。
よって第1区画の腱鞘炎のことを”ド・ケルバン腱鞘炎”といいます。
症例の方の疼痛部位を図1で再度確認すると、母指に向かうラインが特徴的でしたので、やはりド・ケルバン腱鞘炎の可能性が高いと考えられます。
ただ、本症例の場合には疼痛部位が母指に向かう第1区画の一本ラインではなく、もう一本が観察されています。
これは何が原因であるのか?この見極め方法について解剖学的な視点から検討します。
⑤ 第1の評価:疼痛の原因筋を特定する方法
図1では疼痛部位に赤ペンでマーキングをしていただきましたが、その写真を拝見すると、母指に向かうラインは一本ではなく、二本のラインが確認できます。
これは第1区画のみの問題であれば疼痛部位は一本のラインのはずです。
ではもう一本のラインが何を意味しているのかを考えます。
再度、図3をご覧ください。手関節の高さで見た断面図です。
今回注目したいのはリスター結節(★)です。
リスター結節の内側にあれば第1区画か第二区画の筋です。
しかし、本症例は明らかに母指の方に向かっているので、第1区画の長母指外転筋と短母指伸筋は該当しますが、第2区画の長・短橈側手根伸筋ではないと考えられます。
なぜなら、長橈側手根伸筋の停止は第2中手骨、短橈側手根伸筋は第3中手骨が停止であるためです。
次にリスター結節の外側には第3区画以降の筋が位置しており、その中で母指に向かうのは背側結節(リスター結節)のすぐ外側にある第3区画の筋である長母指伸筋です。
よって、二本の疼痛部位のうち外側のラインは第3区画の”長母指伸筋”ではないかと推測します。
図1の赤い二本の痛みのラインを見て、”嗅ぎタバコ入れ”の形と同じでは?と思われた方もいらっしゃるのではないでしょうか?
正に”嗅ぎタバコ入れ”が第1区画の2筋と第3区画の1筋の腱によって形成されます(図4)。
これらのことから、背側結節(リスター結節)の位置を理解し、触察できると問題となっている筋の圧痛の評価ができるようになるため、概ね疼痛部位を特定することができます。
ただ、本症例はもう一つ特徴的な箇所があります。それは母指に向かう二本の疼痛ラインの終わりです。
もし、第一区画の長母指外転筋と短母指伸筋と第3区画の長母指伸筋が原因の場合には母指の指骨までラインが引かれるはずです。
この終わりの部位から分かることを次の第2の評価で考察します。
⑥ 第2の評価:疼痛部位の高さ評価する方法
本症例の疼痛ラインは母指の先端までは示されておらず、途中の中手指節間関節の辺りまでしかマーキングされておりませんでした。
伸筋腱の損傷はZoneに分けて原因を鑑別する方法が報告されています1)。
母指の高さに応じてT1からT5までZone分けされています(図5)。
この5つの高さで分類していきますが、T1・2のグループ(緑色)とT3-5のグループ(水色)で分けて考えていきます。
まずT1・2の場合にはマレット母指(スライドの左上のイラストのように母指のIP関節のみが屈曲する変形)が原因で伸筋腱の伸張による腱損傷、または伸筋腱が伸張されたことによる母指の末節骨の剥離骨折の場合には(図6)T1・2に疼痛が発生します。
次にT3-5の場合について説明します(図5)。
今回注目している3筋(長母指外転筋、短母指伸筋、長母指伸筋)の剥離や損傷が疑われることが報告されています。
(長母指伸筋は母指の末節骨に付着しますが、症状を呈するのはそれよりも遠位のT3-5の領域となるようです)。
ちなみにT3は中手指節間関節の高さ、T4は中手骨の高さ、T5は手首の高さです。
よって、本症例は研究的裏付けからもほぼ推測通り、長母指外転筋、短母指伸筋、長母指伸筋が原因の筋腱であることが考えられます。
⑦ 第3の評価:疼痛動作を評価する方法
なぜ第1区画の筋腱が他の区画と比べて腱鞘炎を呈しやすいのでしょうか?
これにはド・ケルバン腱鞘炎の特徴やメカニズム、原因などについて確認をしたいと思います。
第1区画の筋腱は2筋で長母指外転筋と短母指伸筋です。これらの2筋の作用は母指の”伸展”と”外転”です。
この組み合わせは子育てを経験されている先生は特にイメージしやすいと思うのですが、子供を抱き上げる時の肢位です(図7)。
このような背景からド・ケルバン腱鞘炎は子育て中の女性に多いのも特徴です。
また子育てが原因になる理由がもう一つあります。
それはド・ケルバン腱鞘炎は捻じれの動作も原因になることが報告されています2)。
捻じれとはカップに入ったアイスをスプーンでとって子供に食べさせてあげる時をイメージしてみて下さい。
グイってアイスをすくいあげて顔の方に持って行く時に捻じれの動きが入るのがご理解いただけると思います。
もちろんこれらの動作は一回のみの動作で問題となるわけではなく、過度の負荷※と反復的なストレスが原因です。
※過度の負荷とは?:例えば子供がだんだん体重が重くなりますが、体重が増えれば増えるほど抱き上げる時に過度の負荷になるといったイメージでご理解下さい)。
このように腱鞘炎とは使い過ぎ症候群(overuse syndromes)の代表です。
腱鞘炎のメカニズムと代表的な3つの症状
使い過ぎると、どういう現象が起こるのでしょうか?
使い過ぎの意味を分解すると、”収縮と伸張の繰り返し”ということができます。
収縮と伸長を繰り返すと腱鞘※と筋腱の間で摩擦が生じます。
そうなると炎症や腫れが生じ、最終的には区画を形成する腱鞘が摩擦に耐えられるように分厚くなってきます。
※腱鞘:腱を包み腱が滑らかに動くよう支える組織です。区画を分ける働きもあります(図3)
ただ分厚くなるとその中を走行する第1区画の筋腱がスムーズに滑走しなくなります。
そのためド・ケルバンの症状には痛みの他に摩擦音や引っかかりという症状が記載されているのはそれが原因です。
(勿論症状が疼痛のみの方もおります、ただ私が担当させていただいた患者さんはどちらかというと摩擦音と引っかかり感が痛みよりも少し早く出てきたいという方が多い印象があります)
ちなみにド・ケルバン腱鞘炎の痛みは長母指外転筋と短母指伸筋のラインに沿った線状の圧痛、伸張と抵抗による痛みと言われます。
線状の痛みに関しては、2筋の正確な触察能力が重要です。
(狭い範囲に上記で記載した9筋が走行しているので触察能力が求められます)。
9筋の触診方法、触り分けや、具体的な評価・アプローチ方法の実技についても行っています(下記画像もご参照ください)。
専門家による評価方法(圧痛所見・整形外科的テスト)
そして伸張と抵抗による痛みについては、伸張ストレステストに”フィンケルスタインテスト”というものがあります(図8)。
第1区画の2筋が伸張されるように母指の内転と屈曲を行い、それだけでも疼痛が発生する症例が多いのですが、更に尺屈することでより伸張されるため疼痛が誘発されやすくなります。
疼痛が誘発される場合がフィンケルスタインテスト陽性です。
これはド・ケルバン腱鞘炎は腱鞘が分厚くなっているため、伸張されると、その中を通る腱が腱鞘に圧迫され痛みが発生するためです。
①摩擦音と引っかかり感(母指の屈曲・伸展、母指の内・外転)
②腱に沿った線上の圧痛
③母指と手背部に放射線状に広がる痛み(伸長と抵抗ストレスにて)
⑧ ド・ケルバン腱鞘炎の症例報告
治療の基本的な考え方でいくと、母指の伸展や外転の繰り返しによる反復ストレスが痛みなどの症状の原因になりますので”安静”にする、もしくは母指を固定するサポーターが処方されるのが一般的です。
そして安静による効果がない場合には注射や手術を選択されます。
ただ今回ご紹介させていただくアプローチ方法は、適切な運動療法を行った結果、疼痛が改善したという症例報告を参考にしています。
考え方が参考になりましたのでご紹介させていただきたいと思います。簡単に症例紹介をさせていただきます3)。
・診断名:ド・ケルバン腱鞘炎(右側:利き手)
・年齢:32歳
・性別:女性
・経過:4ヶ月前より徐々に痛みが増強、始まりは母指の付け根の違和感から始まる。
現在7ヶ月と3歳になる2人の男の子を子育て中、痛みが強くなったのは7ヶ月の子供を抱きかかえた時で、初期評価時の痛みの強さはVASで安静時3、活動中8でした。
上記の症例に対し8週間の運動療法を実施いたしました。
具体的な運動療法の方法
本研究では8つの運動療法を実施していますが、その中で2種類の方法をご紹介させていただきます。
これから2種類の運動療法をご覧いただくと、痛みの症状を悪化させるのでは?と疑問が生じるかもしれません。
そこで思い出していただきたいのはド・ケルバン腱鞘炎の疼痛が誘発される動きです。
それは伸長ストレスは母指の屈曲・内転・手関節の尺屈でした。反対に抵抗ストレスは母指の伸展・外転・手関節の橈屈でした。
よって2種類の運動はストレッチまたは抵抗運動に分けられますが、ストレッチの場合には母指の屈曲・内転・手関節の尺屈が入らないように工夫されており、抵抗運動の場合には母指の伸展・外転・手関節の橈屈が入らないようにし、もし入ってしまう場合には反対の手で補助するように工夫されています。
では2種類の具体的な運動療法をご確認ください。
①母指球筋群の静的ストレッチです(図9)。
②自動他動運動による手関節の橈尺屈運動(図10)
図10の抵抗運動は橈屈の動きが入っているのではないか?という疑問をもたれる先生もいらっしゃるかもしれませんが(スライドの一番右側の写真)、もう片方の手で橈屈をしており自動運動による橈屈は行っていないところがポイントです。
ド・ケルバン腱鞘炎に対する運動療法の考え方
一般的には安静が第1選択となる疾患に対して、なぜ運動療法が効果的であると考え実施したのか?
それはWelchはド・ケルバン腱鞘炎の原因は、不十分な血液供給が問題4)とした報告を参考にしており、運動療法を実施することで血液供給が促進できるのではないかと考察されていました。
上記でご覧いただいた運動療法の方法は症例報告のご紹介ですので、全症例が同じような効果があるかは疑問が残りますが手術を検討される前に試してみる価値と運動療法を実施する目的を参考にさせていただきたいと思いました。
⑨ まとめ
臨床相談は評価やアプローチ方法がスムーズにご理解いただけること、ご自分で評価やアプローチを応用するなどアレンジができることを念頭に置いているため、解剖学をメインとした基本的な情報から返答させていただいております。
臨床相談に、ご興味のある先生は下記からお気軽にご連絡いただけましたら幸いです。
参考文献
1.Kleinert H E Verdan C Report of the Committee on Tendon Injuries (International Federation of Societies for Surgery of the Hand) J Hand Surg Am 19838(5 Pt 2):794–798.
2.Steven D. Waldman MD、JD , Atlas of Common Pain Syndromes(Fourth Edition), 2019
3.Papa JA. Conservative management of de Quervain’s stenosing tenosynovitis: a case report. J Can Chiropr Assoc. 2012;56(2):112–20.
4. Welch R. The causes of tenosynovitis in industry. Ind Med. 1972; 41:16–19.